2002年に、ユーラシア大陸横断一人旅をした時の話。~東ヨーロッパ編~

ギリシャのメテオラ 未分類
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私は、2002年に9か月間かけて、中国の上海からポルトガルまでバックパッカー一人旅をしてきました。

大沢たかお演じる深夜特急の真似事です。

こちらのページでは、東ヨーロッパ~旅の終着点ポルトガルでの出来事を記しています。

中国からベトナムに入国→カンボジア→タイ→マレーシア→インドネシア→タイ→インド:ネパール→パキスタン→イラン→トルコ→ブルガリアという流れです。

他のサイトに載っている有益な情報はそのサイトにお任せして、

私からは、当時のディープな生レポートをご紹介します。

ブルガリアの首都ソフィアで中華料理を食べまくったよ。

旅行期間が長くなると日本食が恋しくなります。

しかし、日本食レストランは、現地では高級レストランの位置づけで、貧乏旅行の僕が入るにはお金がもったいなくて入れません。

そこで、日本食と味付けの似た中華料理が好まれます。

ブルガリアの首都のソフィアでは、まさしく中華レストランを見つけました。しかも、現地価格とかなり安いです。野菜炒め定食屋チャーハンなど、¥300~¥500ほどで食べられました。

かなり通いましたね。

中国人は世界のどこに行ってもいると言われます。

事実は、僕も旅行中に「アーユーチャイニーズ?」と声をかけられたことも何度もあります。(中国人と日本には同じに見えるでしょうね。)

どこにでも中国人がいるといるという事は、どこにでも中華料理店はありますね。

日本でも、個人手経営している中華料理店、四川料理店、台湾料理店などは、どれも中国人華僑が経営していますよね。

このブルガリアバージョンです。

ユーゴスラビア人女性はレベルが高かった。

ユーゴスラビアの首都、ベオグラードで街歩きをしていた時に気づいたことがあります。

ユーゴスラビア女性はみんなキレイ。

しかも、スタイルも「ボンキュッキュッ」と、細身なのに胸が大きな人が多かったです。

それに見合ってか、男性も鼻が高く、カッコイイ若者が多かったです。

生まれて初めて、膝から崩れ落ちた経験

ユーゴスラビアからハンガリーに入国する時の事です。

国境のイミグレーション(入国審査所)で、別室に連れて行かれ、

入国管理スタッフ「あなたは入国できない。」と言われ、

僕「WHY??]

入国管理スタッフ「このパスポート部分が問題だ、だから入国できない」

と。

実は、僕のパスポートは、一部破れている箇所がありました。それが問題だというのです。

そして、ユーゴスラビアの日本大使館に戻ってパスポートを再発行こなければならない。と言われましあ。

愕然としました。

この時に、生まれて初めて人目をはばからずガクッと膝から崩れ落ちました。

ユーゴスラビアの首都からハンガリーのイミグレーションまでは、バスで8時間ほどかけてきました。

そして、同じ時間をかけてトンボ帰り。

しかも、パスポートの再発行には1週間程度かかるため、用もないユーゴスラビアで足止め…。(そのおかげで、キレイなユーゴスラビア女性を目にできたのです。)

ハンガリーは、フォアグラが美味しくなかった。

ハンガリーでは、コンビニレベルのお店でフォアグラが缶詰になって売っていました。2ユーロほどだったので、購入してみましたが…う~ん、あまりおいしいとは言えませんでしたね。

その代わりに、ワインが安くておいしかったです。

同じ宿に泊まっていた日本人女性が、ワインツアーに行ったらしく、ワイン樽から2ℓペットボトルに1ユーロでワインを入れて帰ってきました。

夜は、宴会ですね!

ドナウ川にかかる橋からジャンプ!

どこの国でも若者の無謀さは万国共通ですね!

その高さから飛び込むの!?というような高さの橋から、ドナウ河にむかって飛び込みをする若者グループがいました。

元気いっぱいだ!

僕の知人は日本で同じようなことをして、背中から着してしまって背骨にヒビが入りました(^^;)

ちゃんと足の裏から着水しないと危険です。

予定変更でギリシャへ!

旅もいよいよおおづめ。時間はあと2か月ほどあります。

どういうルートでポルトガルに行こうかと考えていました。

でも、このころには旅に疲れてしまっていて、移動がおっくうでした。

 

そんな時期に、ハンガリーから西へ向かわずに、南のギリシャへ飛行機移動。

 

なぜ、そんなルートをとったのか?

というのも、ある観光地が気になっていたのと、ある下心がありました。

そのため、素直にポルトガルに向かわずに、ギリシャへ向かいます。

気になる観光地とは…ギリシャのメテオラという奇石群です。
あるした下心とは…ブルガリアで知りあった日本人女性がいます。この子が、ギリシャへ遊びにおいでよ、うちに泊めてあげるよ。と言っていたためです。

彼女はギリシャへ留学中とのこと。まとまった休みが取れたのでブルガリアに来てたそうです。そんな彼女からの誘いが気になっていたのもあってギリシャへ向かいました。

ギリシャの絶景観光地、メテオラ。

ギリシャのメテオラ

ハンガリーからギリシャのアテネへ飛行機で向かいました。

そして、アテネからメテオラという観光地の街へ向かいます。

どうやってこの岩山の上に建築物を立てたのでしょうか?

正確な答えは調べてもわかりませんでした。

このメテオラに行くには、拠点となる町から、徒歩でいきました。

行は問題なく1時間ほどで着きました。

帰りですが…これがまずかった。

どうやら、放牧地帯に迷い込んでしまって、牧羊犬に囲まれます。

10匹近い犬に囲まれました。

それに気づいた飼い主が、ピーっと笛を吹くと、犬は少しおとなしくなる感じで、なんとな難を逃れました。

僕の9か月の旅行時間の中で、もっとも恐怖の時間でした。

ブルガリアであった日本人女性とアテネで再会。

ブルガリアで電話番号を聞いていたので、アテネに着いてからかけてみました。

僕「誰かわかる?」

日本人女性「え?だれだれ?」

という感じでしたが、いきさつを話すと、アテネの街中まで迎えに来てくれました。

それからの何日間か、彼女のアパートへ泊めてもらうことに。

ギリシャの大学では、ヒステリックなギリシャ人女性が男女で叫び、なぜか大型犬が教室をウロウロ。

まずさきに、期待を裏切ることを言います。

実は彼女とは何もありません。みなさんが気になる男女の関係は一切ありません。

下心があると言いましたが、それほど強いモノではなかったです。

一言で言えば、女性として惹かれたというよりも、その生きざまが気になってました。学生の頃からコロンビアに留学し今はギリシャ。

変わった女性だな、面白いな、と女性としてみるよりも、人生の先輩的な意識で接していました。

彼女の部屋で一緒に寝ましたが、彼女はべッド、僕は持参した寝袋です。一度だけからかって「添い寝してあげようか?」と言ってみましたが、困ったように「いい」と言われました。

事実、数日後にはギリシャの日本人があつまる宿に移動しました。

宿に移っても、彼女は時々その宿に遊びに来ます。どうやら、日本人が恋しいみたいです。

 

宿に移ってからも、彼女とはときどき一緒に行動し、アテネ大学に連れて行ってもらいました。

その時の様子がですが、おかしな空間でした。

教室には教師がいなく、女子生徒が壇上でヒステリックに叫んでいます。

そして、それとは別場面で、大型犬が教室内をウロウロしてました。

なんじゃここは(^^;)

さすがに彼女も引いてましたね。

 

次は旅の目的地、ポルトガル編です。

 

この旅行記はシリーズで書いています。

第一話:大沢たかおの深夜特急に憧れ、2002年にユーラシア大陸横断一人旅をした時の旅行記。

第二話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~中国編:2002年当時のディープな生レポート~

第三話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~東南アジア編:2002年当時のディープな生レポート~ 

第四話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~インド、ネパール編:2002年当時のディープな生レポート~

第五話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~中東:トルコ編:2002年当時のディープな生レポート~ 

第六話:ユーラシア大陸横断旅行記。~東ヨーロッパ編:2002年当時のディープな生レポート~

第七話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~ポルトガル編:2002年当時のディープな生レポート~ 

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アラフォー男性のヘルスケア
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