ユーラシア大陸横断の旅行記。~中東:トルコ編:2002年当時のディープな生レポート~ 

パキスタン フンザ地区 ギルギット 未分類
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私は、2002年に9か月間かけて、中国の上海からポルトガルまでバックパッカー一人旅をしてきました。

大沢たかお演じる深夜特急の真似事です。

こちらのページでは、中東、トルコでの出来事を記しています。

中国からベトナムに入国→カンボジア→タイ→マレーシア→インドネシア→タイ→インド:ネパール→パキスタンに入国という流れです。

他のサイトに載っている現在の有力な情報はそのサイトにお任せして、

私からは、当時のディープな生レポートをご紹介します。

パキスタンはホモがいっぱいだった。僕もヤバかった。

パキスタンのラワールピンディという町で、市内バスに乗っていた時の事です。

僕の隣には、白い衣装を来たパキスタン人男性が座っています。もちろん、知らない人です。

その人が、僕のモモに手を乗せてきました。

びっくりして彼を見ると、何やら「どう?♡」的な表情をしています。

ピンと来ました。

パキスタンではホモが多いと聞いていたので、これか!と。

「ソーリー」と伝えると、

「わかった」的な感じで、すぐに手をどけてくれ、何事もなかったかのようでした。

パキスタンでは宗教的な理由で男性と女性が接する機会が少ないため、ホモがおおくなると聞いた事があります。

 

ホモに関してはこんなうわさ話もあります。

宿に帰ると、タンスの中にホモが隠れていて、襲われる…。と。

極上の景色、ギルギット。

パキスタン フンザ地区 ギルギット

パキスタンの北部には、ヒマラヤ山脈系のカラコルム山脈があります。

そこにはギルギットという地区があります。

日中は半袖で過ごせるのに、目の前には7000m級のラカポシという山がそびえたっています。

夜は一気に気温が下がり、コートがいるくらいです。

そんな、ギルギット地区ですが、いるだけで癒される不思議な空気感がありました。

近くにはフンザ地区というエリアがあり、その町からは歩いてでも氷河を見に行けます。

静まり変えった空間で、氷河が動く「パキッ、パキッ」という神秘的な音が響き渡ります。

何とも言えない時間です。

日本から最短で行こうとしても、なかなかたどり着けないエリアです。

ですが、僕が今回の旅で、また行きたいところは?と聞かれれば、ダントツでこのギルギットをあげます。

すばらしい景色と、空気です。

ナウシカの谷のモデルの一つとも言われています。

食べるものがないパキスタンとイラン。

インドを過ぎ、パキスタンに入国してからは、パキスタン、イランと食事に困りました。

というのも、この両国は家庭料理が発達しているためあまり外食産業が盛んではないとの事。

外食できるお店に入っても、ライスとチキンというシンプルなメニューのみ。

正直、飽きます。

両国とも、都会(首都など)に行けば、外資系の外食店(ケンタッキーやマクドナルド)などがありましたが、地方都市では食事に苦労しました。

一直線の道路が延々と続くイランの道で、涙する。

今回の旅で一番良かった景色は、先ほど話したパキスタンのギルギット地区です。その山々に圧倒されました。

そして、一番感動したのは?と言われれば、このイランでの出来事です。

パキスタンとの国境の街からケルマンという町にバスで移動している最中、バスは砂漠地帯をひたすら走ります。

砂漠といっても砂砂漠ではなく、まわりには岩山や草木が生えている砂漠です。

前を見ても、後ろを見ても、右側をみても左側を見ても、どこもかしこも砂漠地帯が延々と広がっています。どこを見ても同じ景色です。どこを見ても地平線が見えます。

このバスの中から見る景色が、一番感動しました。

イランでこの話を日本人旅行者にしたら、その人も同じことを言ってました。

何もなくて感動した、と。

イランのバムでは、小石を投げられました。

バムという町にアルゲ・バムという遺跡があります。世界遺産に登録されています。大沢たかおの深夜特急でもロケ地として使用されていました。
※アルゲ・バム遺跡は2003年のイラン大地震で、かなり被害を受けてしまったようです。

この町で、歩いていた時の事です。

「へい、モンキー!」と言いながら原付バイク二人乗りした若者に小石を投げられました。

もしあたってもたいしたことはないだろうし、向こうも危害を加えるつもりもなかったと思います。ただのからかい程度でしょう。

しかし、旅行者からしたら、かなり印象のわるい町になってしまいます。

実は、この町の宿帳には、石を投げてくる若者がいる、という情報がかかれていました。

旅行者に対してのいたずらが流行っているのでしょうか。

欧米人の団体旅行ツアーに出くわしました。

イランと言えば、まだ途上国の位置づけの国です。

そんな国ですが、なんと欧米人の団体ツアー旅行グループに出くわしました。

イランはバックパッカー旅行者程度しかおとづれないと思っていたのです。

でも、よくよく考えれば、歴史遺産がたくさんありますから、観光地として魅力なのでしょう。

やっとお酒が飲める!トルコに入国。

インド、パキスタン、イランと、お酒が飲めない国での滞在が続きました。

トルコはお酒が禁止されてるイスラム教が主要宗教なのですが、どこもおさけOKです。

数か月に飲んだビールは格別です!

行列のできるパン屋さんの最後尾に並んだら、いきなり一番先頭に案内されて、無料でパンをもらった!

トルコ北部のトラブゾンという黒海沿いの街で、街歩きをしていた時の事です。

何やら、行列ができている店を通過してみると、パン屋さんの様です。

僕も、トルコ人と同じように最後尾に並びました。

そしたら、店の中にいたトルコ人スタッフが、日本人の僕を見つけると僕の手を引っ張ります。

そして、いきなり最前列に。そして、おすすめのパンを数個渡してくれ、お金は?というと、いらないいらない!という仕草をします。

ただで、もらいました^^

トルコはとても親日国です。

昔、ロシアにいじめられていた時代に、日本がロシアを懲らしめてトルコが救われたという歴史からきているとの事です。

行列に並んでいるトルコ人には申し訳なかったですが、ラッキーでした。

トルコの2台観光地、カッパドキアとパムッカレ

カッパドキア。不思議な奇石群エリアです。
ユーラシア大陸一人旅

長年かけて大地が浸食され、不思議な岩山が残りました。

日本でも大人気の観光地だと思います。

カッパドキアは今回の旅の大きな目的地の一つです。

大満足でした。

このような奇石群は、広い面積に広がっていることが多く、バスで長距離移動をしてもずーっと同じよな景色が広がっていました。

 

パムッカレ。不思議な白い段々畑です。
パムッカレ

炭酸カルシウムを含んだ水が山肌を流れ落ち、長時間かけて沈積してできた100以上もの石灰棚です。段々畑の石灰石バージョンです。

ここは、以前は温泉があり入浴できたようですが、今は保護のためにできなくなったようです。

写真だけ見ると、すごく神秘的なのですが、実はじゃっかんガッカリしました。

というのも、カッパドキアなどと比べると、パムッカレはその面積がものすごく小さいのです。地球のいただきを感じることはできませんでした。

遠めから見ると、どこにでもある緑の景色に、一部だけ白くなっているエリアがありそれがパムッカレです。

僕と同じ様に、パムッカレにがっかりしたという観光客はたくさんいる用です。

余談ですが、エジプトのピラミッドもがっかり観光地の一つの様です。

 

次はいよいよヨーロッパに突入です。

 

この旅行記はシリーズで書いています。

第一話:大沢たかおの深夜特急に憧れ、2002年にユーラシア大陸横断一人旅をした時の旅行記。

第二話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~中国編:2002年当時のディープな生レポート~

第三話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~東南アジア編:2002年当時のディープな生レポート~ 

第四話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~インド、ネパール編:2002年当時のディープな生レポート~

第五話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~中東:トルコ編:2002年当時のディープな生レポート~ 

第六話:ユーラシア大陸横断旅行記。~東ヨーロッパ編:2002年当時のディープな生レポート~

第七話:ユーラシア大陸横断の旅行記。~ポルトガル編:2002年当時のディープな生レポート~ 

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